スマートホームは「人に寄り添う」かたちで進化する:HOMMAが考える“未来の住宅”の現在地

 
 

家庭内にある多様なデバイスが相互に連携して実現するスマートホーム。その技術はどこまで進化しているのか。スマートホーム技術を手がけるHOMMAがボストン郊外で進めている実証実験の現場から、その現在地と未来図の一端が見えてきた。

Daisuke Takimoto   2023.08.23

ボストン郊外に完成したHOMMAのスマートホーム。既存のアパートメントの一室をリノベーションしてスマート化する実証実験の位置づけだ。Photograph: Keiko Hiromi

スマートホーム」という言葉から、どんな家や技術をイメージするだろうか。スマートフォンで手元から照明や鍵などをコントロールできる家をイメージするかもしれないし、音声コマンドで家庭内にあるデバイスを自在に制御できる技術を思い浮かべるかもしれない。いずれにしても、居住空間に最新技術を融合して暮らしやすい環境を実現した住宅を、“スマート”であると認識しているに違いない。

そのひとつのあり方を示した住宅が、このほど米国のボストン郊外のクインシーに完成した。スマートホーム技術を手がけるHOMMAがNTT都市開発や現地のデベロッパーと連携して構築したもので、既存のアパートメントの一室をリノベーションしてスマート化する実証実験の位置づけである。

HOMMAが手がけるスマートホームは、照明や空調などのハードウェアと制御用のソフトウェアを、建物の設計段階から垂直統合している点が特徴だ。設計に際しては居住者の動線やセンサーの配置、ライティングなどを考慮しながら、スマート化の技術と建物のシームレスな融合を社内の建築士やエンジニアが連携しながら進めていく。そして建築業者などと連携しながら、建物として具現化する。つまり、HOMMAはスマートホームのソフトウェア企業であり、住宅デベロッパーでもある。

これにより入居者は、個々のデバイスの設置作業や機器間の連携といった煩雑なことをまったく気にする必要がない。暮らし始めた瞬間から、スマートホームの利点を享受できるわけだ。

 具体的に説明すると、HOMMAのスマートホームでは家中に設置されたセンサーが人の動きや時間帯などに合わせて反応し、照明が自動で点灯・消灯・調光する。明るさや色温度も自動的に最適化されるが、アプリから調節することも可能だ。

室温は室内外の温度や人の動きなどに対応しながら、常に快適な状態に保たれている。室内には照明やエアコンの物理的な操作スイッチも手動操作用に用意されているが、基本的に使う必要はない。

センサーが人の動きや時間帯などに合わせて反応し、照明が自動で点灯・消灯する。明るさや色温度も自動的に最適化される。 PHOTOGRAPH: HOMMA

さらに、電気代の節約といった効果も実証されているという。ソフトウェアのオンラインアップデートにより、機能が改善されたり追加されたりすることもある。

「HOMMAのテクノロジーが導入された物件は、アプリをダウンロードしてアカウントをつくるだけで簡単に利用できます」と、創業者で最高経営責任者(CEO)の本間毅は説明する。「しかも基本的に入居者は何もしなくていい。家の中を動き回れば照明は勝手についたり消えたりしますし、時間帯に合わせて最適な明るさと色になる。エアコンも快適な温度を自動で保ってくれる仕組みなんです」

つまり、HOMMAのスマートホームは、ユビキタスコンピューティングの父として知られるマーク・ワイザーが提唱した設計思想「カーム・テクノロジー(穏やかな技術)」を実践していると言っていい。生活に溶け込むことで人が無意識に活用できる技術を意味するこの概念だが、もともとは「電気のスイッチのように生活に溶け込む」と定義されている。ところがHOMMAの技術は、そのスイッチの存在意義すらなくしてしまった。

2016年に本間がシリコンバレーで創業して技術開発を進めてきたHOMMAは、これまでにスマートホーム「HOMMA HAUS」をカリフォルニア州やオレゴン州などで展開してきた。実験住宅兼ラボでの検証を皮切りに複数の物件を建設しており、22年にはポートランドに賃貸住宅「HOMMA HAUS Mount Tabor」を完成させた。

現在も複数のプロジェクトが進行中で、その最新の事例のひとつがボストン郊外での実証実験となる。ここではNTT都市開発が取得した高級賃貸アパートメント「Neponset Landing」の1室をスマート化することで、リノベーションによるスマートホーム構築をパートナー企業と組んで事業化する可能性を模索する狙いだ。

NTT都市開発や現地のデベロッパーにとっては、スマート化によって既存物件の付加価値を高める機会の創出につながる。スマート化による付加価値が可視化されているので、将来的な投資回収を見込みやすいというメリットもあるという。

HOMMAによる最新プロジェクトのひとつが、NTT都市開発と共同で進めているボストン郊外での実証実験。高級賃貸アパートメント「Neponset Landing」の1室をスマート化している。 PHOTOGRAPH: HOMMA

 テクノロジーの存在を意識させない設計

そのスマートホームの居住体験は、いかなるものなのか。実際に「Neponset Landing」の物件に1泊してみた。

まずは玄関ドアをスマートフォンから解錠するが、ここまでは一般的なスマートロックと変わらない。ドアを開けて部屋に入ると、玄関エリアの照明が自動で点灯する。足を踏み入れた瞬間に照明がふわっと明るくなる様子は、まるで家が出迎えてくれているような印象を受けた。

室内に入ってリビングへと向かうと、その歩調に合わせて照明がふわりと点灯していく。いきなり点灯せずに徐々にグラデーションするように明るくなるので、その動作や存在には違和感がない。光のほうから先回りしてやってくる、という表現のほうが適切かもしれない。これもセンサーの配置と動作が最適化されていることで、人の動きに合わせて照明がシームレスに動作する結果だろう。

続いて洗面所やトイレに入ると、やはり目の前が自然に明るくなり、退出すると自然に暗くなる。昼間は外光を考慮して室内の照明は最小限になり、夕方以降は暖かい光で徐々に満たされていく。そして、どこにいても室温は快適な温度に保たれている。照明やエアコンなどを「操作する」という概念がないので、ただそこで暮らしているだけでいい。

実際に1日を過ごしてみると、そこで暮らす人が「何もしなくていい」ことが最大の利点であり、わざわざスイッチを操作したり照明のオンオフを気にかけたりする行為が潜在的なストレスであることに気付かされる。一般的な“スマートではない”住宅に戻ってみると、なおさらその利点を強く実感させられた。

HOMMAが手がける技術は、あくまで人間を中心に設計されている。徹底してテクノロジーの存在感が抑えられ、住宅がスマートであることを意識させないレベルでスマート化されていることにも驚かされる。「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という、SF作家のアーサー・C・クラークの言葉が脳裏をよぎった。

実際に1日を過ごしてみると、そこで暮らす人が「何もしなくていい」ことが最大の利点であり、わざわざスイッチを操作したり照明のオンオフを気にかけたりする行為が潜在的なストレスであることに気付かされた。 PHOTOGRAPH: HOMMA

家が人間に合わせてくれる世界へ

一方で、HOMMAの技術でスマート化されている範囲は主に照明と空調のみであり、さまざまな機能やデバイスを統合していく余地も少なくないと感じた。この点について、HOMMAとしてはどう考えているのだろうか。

「現時点では住宅に組み込まれていて当たり前のもの、すなわち照明や空調、玄関のロックといった部分からスマート化を進めています。これらは耐用年数が長いので陳腐化せず、ハードウェアを交換しなくても長期的に利用できるからです。もちろん、各社のスマートスピーカーとの連携にも対応しています」と、本間は説明する。今後はブラインドのスマート化を計画しており、時間帯や入居者の生活サイクル、光熱費などのデータを考慮したうえで自動化を進めるという。

ただし、住宅側に組み込まれるかたちでスマート化されるデバイスの種類が多ければいい、というわけではないようだ。「あくまでシステム側に組み込むことがユーザーのベネフィットになることが前提であって、スマート化されるデバイスが増えれば増えるほどいいというわけではないのです」と、本間は語る。

また、アルゴリズムとデータの活用には進化の余地があるという。例えば、センサーから取得した入居者の行動や動線などに関する匿名のデータを活用できるようになれば、「入居者が次にどんな行動をとるのかを予測して先回りするようなことも可能になります」と、本間は説明する。つまり、オートメーションのパーソナライズや最適化も可能になる。例えば、平日の朝の決まった時間帯に入居者が外出したら、自動的にロボット掃除機に掃除させるようなこともできるだろう。

人の動きをセンサーで感知しているので、留守宅への侵入を検知するようなセキュリティ機能にも応用できる。「人間の利便性だけでなく、エネルギーの効率化や最適化の観点も重要になってくるでしょう」と、本間は語る。

つまり、HOMMAがスマートホームの進化の過程において目指しているのは、そこで暮らす人に家のほうが寄り添ってくれるような世界だ。「あくまで主体は人間なので、家に人が合わせるようにはしたくありません。あくまで、人がこうしたいと思っているであろうことに家のほうが先回りして、家が人間に合わせてくれるような世界を目指しています」と、本間は語る。

(Special thanks to HOMMA)

 
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